学究:徳富蘇峰(48)関連史料[47]

前回同様、朝日新聞掲載分から確認していきたいと思います。

____________________________

73.1909年(明治42年) 2月 8日 「機微談話 ○「横川和尚百人一首」玄耳」

全文引用↓

「天下有用の書、有益の書、賣れる本、儲かる本、面白い本、美しい本を發行する者は多いが、無用、無益、儲からぬ賣れぬ本を發行する者は滅多に無くて、稀に有る、蘇峰徳富君の道樂は今の世に有難い「是書刊行三百部之内第百四十五號明治四十二年二月一日蘇峰學人」と自著の銘打つて賜はつた「横川和尚百人一首」は即ち是れ、寔に以て辱けない、子々孫々永寶用、
七絶各一首、作者一百人、孰も室町時代禪門の名匠である、選者は百人の一に加はれる横川和尚、本書の原版は和尚の手記に係るといふ獲難い珍品、原本の俤を其儘寫眞石版にした道樂出版である、詩は當時の入宋僧に依つて傳へられたハイカラ調、書風は葷酒の氣なき清痩○、格別採る所のない様な本であるが其處が面白い、成功秘訣や實業家列傳や慷慨論や苦心談や對米政策や官業問題や貯金勧誘や經歴小説を讀む様な面倒臭さが無くて可い、試みに一章を誦すれば
 山市晴嵐 景菊
 一刻千金春夜月、寸陰尺○暮山嵐、市人唯競日中利、豈識奇珍在不貪、
理窟ばつた拙いものであるが、電車往來や借屋住ひをして居る間は此んな詩でも吟ずれば多少の慰安がある」

⇒現代の出版界にも通じるような、大変興味深い記事。

 一般的に出版業界は、有益な本、売れる本、儲かる本、面白い本、美しい本を積極的に発行していくが、ごくまれに、そのいずれの要素(特に、有益か、儲かるかという点)とも正反対の書籍を、出版する者がいる。その具体例として示されるのが、徳富蘇峰が総力をあげて出版した「横川和尚百人一首」である。

 この書は、室町期禅門の名匠百人の首を集めたもので、選者は名匠百人の一人である横川和尚である。横川和尚とは「横川景三(おうせんけいさん)」のことで、室町中期の臨済宗の僧。相国寺南禅寺住持、室町幕府の8代将軍・足利義政の側近として外交・文芸顧問を務め、後期五山文学の代表的人物として知られている。

 本書の原版は、横川和尚の手記を通じた珍しいもので、原本そのままを写真石版にし、大変贅沢である。集録された詩は、入宋僧により伝えられたハイカラ調のもので、書風は特段の力強さをもたないものとなっている。本書は総じて際立った特徴を有していないように見えるが、そういうところがむしろ評価できると言える。また、成功の秘訣や実業家列伝、慷慨論、苦心談、外交問題、官業問題、貯金勧誘、経歴小説を読む時に生じる面倒臭さが無い点も良い。その例として、一首が引用されている。内容は理窟ばっていて拙いようであるが、電車の往来や借屋住いをしている間、吟ずると多少の慰安になるそうである。

 

*五山文学関連書籍:五山文学研究 資料と論考

          五山文学の世界―虎関師錬と中厳円月を中心に

 足利義政関連書籍:足利義政と東山文化 (読みなおす日本史)

          庭園の中世史―足利義政と東山山荘 (歴史文化ライブラリー)

          応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)